世の為、ひとの為

世の為、ひとの為

私利私欲・党利党略・主義主張を超える理論は、 世の為・人の為がそれである。 法律をも超える事が出来る。 手柄を立てるには、世の為人の為という、 善意と思いやりがなければ、輝かしい功績は残せない

 

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第二十九話 哲人の人生日記 生まれて” 父帰る



昭和20年八月5日・・

戦争が終わった年・月・日だった・・・

この時父は鹿児島県にある鹿屋に居てた・・・

鹿屋は陸軍の特攻隊基地・・知覧に並ぶ、海軍基地たった

大正14年生まれの父はこの時二十歳だった。

父も若かりし頃は、紅顔の美少年だった(笑)

18歳のとき、戦況は敗軍に傾き、国を思ったのだろう・・

霞ヶ浦に有った・・

パイロットの養成機関の予科練に入隊した

激しい訓練を受けて・・鹿屋に配属された・・

「あ?かき血潮の予科練は??77ボタンに

 桜と錨・・」と歌われている海軍の学校だった・・

しかし・・鹿屋は特攻隊の基地だった・・



なぜ?父だけが生き残ったのか・・・

今も・・何も・・・語らない・・

同期の桜は・・・・みんな・・散った・・

広島と長崎に落とされた2つの原爆と・・・

ソ連軍の満州侵攻が・・・

日本の終戦を早めた・・・



命・・からがら・・大分の実家に・・引き上げてきた・・

しかし・・2年前に出て行った父と・・

帰ってきた父は・・・別人だった


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Comments

No title 


あ?かい”血潮の予科練は??

七つボタンに桜といかり??

きょう?も飛ぶ飛ぶ??

霞ヶ浦に??

でっかい??きぼう?の

雲?が湧く???

予科練の歌ですね・・・

霞ヶ浦に有ったんですね・・

今は・・つわものどもの夢の跡・・

重要な歴史の一ページですね”
No title 


この前、霞ヶ浦近くの公園に行きました。

そこには予科練の写真がありました。

主人からこの近くだと聞きました・・・・・

ごめんなさい、何と言っていいか分からない。

ただ、文面から辛さが伝わってくる…
No title 


おそらく!”

軍隊内”いじめ”で危なかった!

のではないかと、思ってます。

原因は・・・・・

乗る飛行機がなかった・・・

いや・・何か・・上官に逆らった・・

若しくは・・・気に障った・・・・・だと思う
No title 


墓場まで持って行かなければ何かがあったのでしょうか...。

 
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