世の為、ひとの為

世の為、ひとの為

私利私欲・党利党略・主義主張を超える理論は、 世の為・人の為がそれである。 法律をも超える事が出来る。 手柄を立てるには、世の為人の為という、 善意と思いやりがなければ、輝かしい功績は残せない

 

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第一話 生きていた義経  名前”!前編



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義経は生きていたと仮定すると・・・・

どこかで・・何かをしているはずだ・・・



才能があふれ出ることは・・

何時の世にも・・必ず・・人の上に立っているはずだ・・

犯罪者で無い限り・・世の片隅にひっそりとは行かない・・



そこで目をつけた人物が・・大友義直である・・・・



この御仁・・まったくの無名だが・・功績が素晴らしい・・



この男が義経ではないかと疑った・・



人物の紹介をしよう!”

大友義直(おおともよしなお)・・・・・・・

・・



学説・・

初代当主の古庄能直は、母方の生家の波多野経家の相模国大友荘(現在の神奈川県小田原市)を支配していたことから大友能直と称した。これが、大友氏の起源である。能直は、相模国愛甲郡古庄の郷司の近藤能成(古庄能成とも)という、さしたる所領も持たない無名の武士の息子として生まれた。幼児の頃は古庄能直と名のり、次いで父の苗字から近藤能直と名のり、頼朝の側近であった中原親能の猶子となった(中原能直と名のる)とする説が有力である



以上文献から・・・



しかし、この学説では・・腑に落ちない

九州は豊後の国(大分県)を鎌倉時代の初期から・・

江戸時代の初期まで400年間の大友氏支配の基礎を気づいた

中興の祖である・・

平家物語・義経記・・との戦時の記録にまったく登場してない

手柄も何も無い男に・・豊後の国を与えることは絶対にない・・

しかも・・国を貰っても力量の無い男には400年間の基礎なぞ

造れるはずがない・



この義直の国取り物語は・・・神角戦争という戦がある・・

「一国の豊後を大友に譲れ」・・源の頼朝の命が下るも・・

豊後には大神氏・・やはり天皇の子孫が支配していた・・

納得のいかない大神氏は神角寺に挙兵をする。

どんな男が来るのか・・確かめると称し・・・・

この相手を・・・戦をせずに・・殺し合いも無く・・

納得させたのである・・・

 しかも・・後の支配に・・急がずに・・ゆっくりと・・

じわじわと・・精力を伸ばしていった・・・



落下傘で降りてきた・・横山府知事と青島幸雄都知事・・

府政をしけず、都政を渡れず・・・・・・

「トラブルばっかり持ち込みやがって・・・」

やがて・・放り出せれる・・・

中央に力がある・・石原都知事は・・都政を渡っているが・・

国とは人を治めねば・・自分が消される・・・



やはり・・大物ではなければ・・・

弟になら・・・豊後をやろう”・・・少ないが・・納得!”


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