世の為、ひとの為

世の為、ひとの為

私利私欲・党利党略・主義主張を超える理論は、 世の為・人の為がそれである。 法律をも超える事が出来る。 手柄を立てるには、世の為人の為という、 善意と思いやりがなければ、輝かしい功績は残せない

 

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松本清張の邪馬台国 5



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  魏より持ち帰った100枚の銅鏡

  卑弥呼の墓に埋まっている



汝が来使難升米・牛利、遠きを渉り、道路勤労す。今、難升米を以て率善中郎将となし、牛利を率善校尉となし、銀印青綬を仮し、引見労賜し遣わし還す。今、絳地交竜錦五匹・絳地スウ粟ケイ十張・セン絳五十匹・紺青五十匹を以て汝が献ずる所の貢直に答う。また、特に汝に紺地句文錦三匹・細班華ケイ五張・白絹五十匹.金八両・五尺刀二口・銅鏡百牧・真珠・鉛丹各々五十斤を賜い、皆装封して難升米・牛利に付す。還り到らば録受し、悉く以て汝が國中の人に示し、國家汝を哀れむを知らしむべし。故に鄭重に汝に好物を賜うなり」と。



正始元年、太守弓遵、建中校尉梯儁等を遣わし、詣書・印綬を奉じて、倭國に詣り、倭王に拝仮し、ならびに詣を齎し、金帛・錦ケイ・刀・鏡・サイ物を賜う。倭王、使に因って上表し、詣恩を答謝す。



その四年、倭王、また使大夫伊声耆・掖邪狗等八人を遣わし、生口・倭錦・絳青ケン・緜衣・帛布・丹・木? ・短弓矢を上献す。掖邪狗等、率善中郎将の印綬を壱拝す。その6年、詔して倭の難升米に黄幢を賜い、 郡に付して仮授せしむ。



その8年、太守王キ官に到る。倭の女王卑弥呼、狗奴國の男王卑弥弓呼と素より和せず。倭の載斯烏越等を遣わして郡に詣り、相攻撃する状を説く。塞曹エン史張政等を遣わし、因って詔書・黄幢をもたらし、難升米に拝仮せしめ、檄をつくりてこれを告喩す。

卑弥呼以て死す。大いにチョウを作る。径百余歩、徇葬する者、奴婢百余人。更に男王を立てしも、國中服せず。





上記は魏志倭人伝の後半の部分・・一番重要な部分だ・・



卑弥呼以て死す。・・・・この記述を彼(松本清張)は殺されたと解釈してる・・・つまり・・特殊な死・・

日照りや洪水や不作が続き・・天災は王の不徳が原因だとして・・代わりの女王に変わったと・・・



私は、まったく違う解釈をしてます・・・



卑弥呼は徳の高い霊能者だ・・

100人もの人間(奴婢)を殺すはずがない・・

とすると・・鏡・・「鏡は女の魂を吸い取る」という

だから・・魂を吸い取った鏡を殉教させた・・・・



魏からも持ち帰った鏡は平成の今日まで発見されてない。

100枚の銅鏡の発見が・・卑弥呼の墓だ・・・



もうひとつ・・卑弥呼以て死す・・・この意味は・・



卑弥呼の命を受けて魏に赴いて・・

「100枚の銅鏡と魏の軍旗を持ち帰った・・

さらに・・魏の公文書にこのことを書き残しました」・・と

卑弥呼に報告をした



それを聞いて・・(以て)・・・・

「あ??!”私の使命は終わった・・

もう”いつ死んでも悔いはない」

・・・・と安らかに死んでいった・・



これが・・私の解釈です




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Comments

No title 


色んな解釈の仕方があるのですね。

私もtetujinnzさんの解釈が好きです。
No title 


ありがとう!””
No title 


そのほうがいいな?....。

 
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