世の為、ひとの為

世の為、ひとの為

私利私欲・党利党略・主義主張を超える理論は、 世の為・人の為がそれである。 法律をも超える事が出来る。 手柄を立てるには、世の為人の為という、 善意と思いやりがなければ、輝かしい功績は残せない

 

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第41話 神武東征(陸穂の道)



イザナミの子の大事忍男神(オホコトオシヲノカミ)が

父の意志を継いだ。

大事忍(おおごとしのぶ)は九州から旅立っていった。

陸穂の道は父の来たルートを逆にたどった。

北九州を抜け山陰を通り、出雲に着いた。

出雲には母の墓がある。

見たことも無い母、20年の歳月がすぎ、オオクニヌシも代替わりしていた。歓迎の声が忍を包んだつかの間の平和。

やがて、出雲から山陽道に出て岡山、兵庫を抜けて父の生まれ故郷の淡路島に戻ってきた。

故郷の淡路では父と母が暮らして洞窟が岩屋と称し称えられていた。

忍はさらに淡路島から海を渡り泉南に着き、和歌山さらに海沿いに進み伊勢に着いた。ここで、忍は妻を娶った。

伊勢から奈良に着いた。奈良で妻は身ごもり子を産んだ。

忍は奈良で居を構えここに故郷と決めた。

近畿には淡路から陸穂の種籾を分けてもらい稲穂の実が実っていた。

人の噂は結構早い。近畿一円ではすでに稲穂が実っていた。

西日本が稲穂の黄金色に染まった。

神武天皇として即位した。

さらに陸穂は関東まで、広がりを見せた。

しかし、東北は気温が低く、稲穂が育たない。

東北以北の統一は千年の先まで残った。

武力を使わずに日本を統一した。

忍ぶには四方を生みに囲まれたこの国が世界そのものだった。

世界の半分を握った男だった。

縄文の世界がやがて地球を回る。

平和は時間がゆっくりと進む。

人間が隊列を組んで動き出した時、歴史は動く。

歴史が激しく動くのはまだ、7千年の先である。

少しずつではあるが、人間が豊かになっていった。

稲はまさに平和の使いだった。












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